☆犬山城の歴史を訪ねる。
☆入場待ち
「犬山城」
通称: 白帝城
城郭構造: 平山城
天守構造: 複合式望楼型 3層4階地下2階(1620年改)
築城主: 織田広近
築城年: 1469年(文明元年)
主な改修者: 織田信康
主な城主: 成瀬氏、織田氏
廃城年: 1871年(明治4年)
遺構: 現存天守、石垣、土塁
指定文化財: 国宝(天守)
再建造物: 櫓、門(模擬)
犬山城は、木曽川沿いの高さ約88メートルほどの丘に築かれた平山城である。
別名、白帝城は木曽川沿いの丘上にある城の佇まいを長江流域の丘上にある
白帝城を詠った李白の詩「早發白帝城」(早に白帝城を発す)にちなんで
荻生徂徠が命名したと伝えられる[1]。
前身となる砦を織田信長の叔父である信康が改修して築いたものを石川光吉
が改修し現在のような形となった。この際の建築用材は金山城の建物の一切
を解体移築したという「金山越」の伝承がある。江戸時代には尾張藩の付家老
が入城し、成瀬正成以来、成瀬氏9代が明治まで城主として居城とした。
現存する天守が建てられた年代については天文期説、慶長期説などがあるが、
現在のような姿となったのは成瀬正成が改修した1617年(元和3年)ごろで
ある。近年まで、城主であった成瀬家が個人所有する文化財であったが、
現在は財団法人に譲渡されている。
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